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ぶたまるおばけ

 

 

 ぶたまるは、ゆうべも来なかった。ヘイタくんはまだいちどもぶたまるに会ったことはない。

「おにいちゃん、ぶたまるなんて、きのうの夜も来なかったじゃん」

 ヘイタくんは、六年生のマサトにいちゃんにそういった。ジャムをたっぷりかけたトーストをほおばっていたおにいちゃんは、おどろいたようすでこういった。

「おまえうそだろ。知らなかったのか。夜中に来ておまえを食べようとしてたんだ。おれがお願いしてゆるしてもらったんだぞ。ほんとだぞ」

 ヘイタくんはびっくりした。ついにぶたまるはあらわれたんだ。ぶるぶるぶるぶる、ふるえがとまらなくなった。

「おにいちゃん、ありがとう」

 ヘイタくんはなきながらそういった。マサトにいちゃんはふんぞりかえった。

 学校へ行って家に帰った時には、すっかりぶたまるのことなど忘れてしまっていた。ヘイタくんは、くつを玄関のすみとすみにぬぎすてて、ダイニングへ走ってった。途中のろうかがつるつるなので、ヘイタくんはローラースケートのようにかろやかにすべってった。冷ぞうこからアイスを取って、ぺろりと口に入れる。冷たくて、たまらなくおいしかった。あんまりおいしかったから、むちゅうになって食べた。

「まあ、帰ってたの。ただいまもいわないで・・・」

 ママがそんなことをいってるようだったが、半分は聞いてなかった。ヘイタくんはむちゅうになってアイスを食べていた。むちゅうになってたから、アイスはあっというまにおなかの中にはいってしまった。

「まあ、ランドセルしょったままで・・・。ヘイタくん、もう、しょうがない子ね」

 ママがこわい顔になっていた。ママをおこらせるとめんどうなことは、ヘイタくんはじゅうぶんすぎるほど知っている。ヘイタくんはランドセルをおろした。

「ただいま。いただきます。ごちそうさまでした。いってきます」

 そういうと、いちもくさんで玄関からとびだした。ヘイタくんはいつも近くの広場であそぶのだけれど、ちょうも広場への道のりで、いろいろないたずらをした。さんぽ中の犬をおどかしておこらせたり、同じクラスのマナちゃんとミサキちゃんがいたので、わざとふたりがおこるようなことをいったりした。ここに書けないくらい悪質ないたずらもふたつほどして広場についた。

 ヘイタくんが来るまではここは平和な場所だった。それがあっという間に平和とはいえないふんいきになりつつあった。

 年上の子をのぞけば、このあたりでヘイタくんにかなう子どもはいない。だから、年上の子をのぞけば、ヘイタくんの思いどおりにすることができるわけなのだ。

「おうれ、おれおれおれ・・・」

なんていいながら、まずユウコちゃんとナツミちゃんのかもの毛をひっぱったら、二人はすぐになきだした。ほんとうは少しくらい抵抗してくれたほうがもっとおもしろいんだけれど、まあ、まずまず満足した。

 ヘイタくんは今度は砂場のほうをちらりと見た。砂場ではダイスケくんとタツヤくんが遊んでた。二人はむちゅうになって砂で何か作ってる。見ると、ダイスケくんは、お山を二つならべて作ってた。ヘイタくんは、いいものを見つけたといわんばかりにそっちへよってった。

「おいダイスケ、おまえおっぱい作って楽しいのかよ」

 いきなりヘイタくんにそういわれて、ダイスケくんはびくっとした。

「おいダイスケ、どうなんだよ」

 相手をするとヘイタくんのペースにはまってしまう。でもしらんぷりなんてしてたらもっとひどいことをされるにちがいない・・・。ダイスケくんはいった。

「これはおっぱいじゃないぞ」

「うそつけ。こいつ、おっぱいなんか作ってるぞ。みなさんみなさん、きいてください。ダイスケはおっぱいがすきだから、こおんなおっぱいをいっぱい作ってしあわせなんだそうです」

「おっぱいじゃないって、いってるだろ」

「そうだ、おっぱいなんかじゃないもんね」

 タツヤくんも必死になってダイスケくんをたすけてる。

「うそつけ。どう見たっておっぱいだ。みなさんみなさん、きいてください・・・」

 だいすけくんが、ついになきだした。

「なんだダイスケ、おまえなき虫か」

 ヘイタくんはおどりだした。

「なき虫なき虫ダイスケなき虫、よわ虫なき虫ちゃわん虫・・・。やーい、ダイスケのちゃわん虫。みなさんみなさんきいてください。これからダイスケのこと、ちゃわん虫とよんであげてください。みなさん、よろしくお願いしまあす」

 どうしてちゃわん虫なのかまったくわからないけど、とにかくヘイタくんは絶好調だった。ヘイタくんは大満足で広場をあとにした。

 空で赤い目が光っていた。

 家につくころにはおなかがぺこぺこになっていた。

「ただいま。ママ早くメシ食わせてくれ」

 小学三年生がつかうことばとは思えないけど、ヘイタくんはそういった。

「ヘイタくん、あなたどうしておりこうにできないの」

「しまった」とヘイタくんは思った。広場にいた時から絶好調だったものたから、ママの前でもつい調子に乗ってしまった。そばにいたマサトにいちゃんもいった。

「そうだそうだ。そういえばおまえ、今夜もぶたまるさんが来るっていってたぞ。今夜はやばいぞ、食べられちゃうかもしれないぞ」

 ヘイタくんはびくっとした。またぶるぶるふるえだした。

 ぶたまるについて説明する。それはマサトにいちゃんが、ヘイタくんをだましてでっち上げたほんとうはいないおばけのことなんだ。遠い山の上にすんでいて、性格の悪い子や、いけないことをしている子がいないかを時々見まわっている。ぶたまるは神様とも大のなかよしだけど、こわい。悪いことをしなければ何もしないが、目をつけられたらたいへんで、夜中に来て食べられてしまうこともある。ほんとにとんとにおそろしいおばけ・・・。それがマサトにいちゃんの考えたぶたまるおばけだ。実はマサトにいちゃんはヘイタくんをこらしめたい時にこのぶたまるの話をよくする。にいちゃんは、さすがにそろそろ弟もこんな話にだまされなくなるんじゃないかと思っている。小学三年生でこんな話を信じてるのはヘイタくんぐらいのものではないだろうか。ほかにはいるだろうか。

「ゆうべはおれはおれがたのんでゆるしてもらったけど、もう無理だからな。知らないぞ」

 それをきいて、ヘイタくんはふるえていた。やがてはきだすようにいった。

「おにいちゃん、ぶたまるなんて、そんなものほんとはいないにきまってるよ。そんなやつ、いやしないって」

 こんどはマサトにいちゃんがびくっとした。今までヘイタくんはぶたまるはいると信じてくれていたからつごうがよかった。いないと思いこまれたらどうしようもなくなる。だってほんとはぶたまるなんて、もともといないんだから。

「いや、いる。おれはこの目で何度も見たんだからな」

 マサトにいちゃんはそれだけいうにとどまった。ぶたまるの話も、もうあんまり使えないな・・。そう思った。

 そんなマサトにいちゃんの態度をさっして、この時ヘイタくんは、もしかしたらぶたまるは、ほんとにいないんじゃないかと思ったんだ。なんだか目の前がぱっと明るくなったような、そんな気がしてきた。ぶたまるのせいで、思いきったおこないができなかったんだ。ぶたまるがいないんだとすると、何をやってもこわくない・・・。

「ママ、メシだよ。メシを早く食わせてくれっていってるじゃないの・・・」

「こら、ヘイタくん、あなたね・・・!」

 ぶたまるがいないとわかったから気がゆるんで、またママにうっかり悪いことばをつかってしまった。ぶたまるはいなくっても、ママはこわいんだった。

 日がくれた。勉強もしないでテレビをずっと見た。さて、ヘイタくんはねむくなってきた。さあねよう、心おきなく・・・。ぶたまるなんてやつもいないんだし・・・。

 ベッドにはいると、すぐにヘイタくんはねむりに中におちてった。

 どれくらいねてたかは、わからなかったけど、とつぜんにおこされてしまった。

 

ゴー!

ゴー!

ゴー!

ゴー!

 

 耳がさけてしまうほどうるさい音がしている。うるさいなんてもんじゃない。これでおきなかったらよっぽどだ。

 まどの外が赤い。ヘイタくんが外を見るとなんとも大きな、つりあがった、まっ赤な目がこちらをにらみつけている。

 ショックだった。それはぶたまるだった。口は耳の近くまでさけている。ヘイタくんの心臓はとまってしまうと思った。気をうしなっていないのがふしぎなくらいだった。夢なんかじゃなかった。目の前にあるのははじめて見るぶたまるの姿だった。

「ヘイタよ。ちっともこりないな。悪いことをしたらどうなるのか、知らないのだろう。知らしめてやろうか。焼こうか、刺そうか、きざもうか。食べられたいか」

ヘイタくんは石よりもかたくなっていた。石よりもかたい状態のままおしっこをもらしてしまった。でもそれにも気づかないほどにおそろしかった。

 ぶたまるはようしゃなくにらみつけていた。

「今夜だけはこのまま帰るとする。わしに食べられたくなったら、いつでもいじわるでもいたずらでもするがいい。すぐに食べにきてやるからな」

 でもヘイタくんが目をまるくしていたのを見て、ぶたまるは信じられないほどにやさしい顔になった。やさしいというより、ちょっとまのぬけた顔だ。こういった。

「悪い子でないならわし、ちいっともこわくないよ。ね、だからヘイちゃん、いい子でね、ね・・・」

ヘイタくんは、わあっとなきだした。洪水のように涙があふれてる・・・。なきながら、ヘイタくんは反省していた。自分がほんとに悪い子どもだったことに、ようやく気がついていた。自分がこまらせてきた人たちの顔が、ひとりひとりうかびあがってた。

「ぼく、悪い子です。それに、今ないてるから、なき虫ちゃわん虫です」

なき虫がどうしてちゃわん虫なのかはあいかわらずわからないけど、とにかくヘイタくんは心から反省していた。

ぶたまるは、うれしそうだった。その顔はほんとにやさしかった。

「そうかそうか・・・。わしはいい子にはすっごくやさしいんだよ。だからいい子でいてね」

「いい子になります」

ぶたまるは空から山へ帰ってった。

それからヘイタくんはすっかりいたずらをしなくなった。ぎょうぎもよくなった。マサトにいちゃんがでっち上げたぶたまるおばけはほんとにいた。

ぶたまるおばけは世の中の子どもたちのために、今もパトロールをしている。ほら、ちょうど今、真上からきみを見ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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