日記帳
六月の夜。トモコは押入れの中から懐かしいものを見つけました。昔の日記帳でした。小学四年生の時から欠かさず日記を書いていたのに、書かなくなってもう何年になるでしょう。トモコは一冊を手にしました。自分の机でそれを読んでみました。中学一年の時のものです。
七月二十日
となりの町の縁日に行かされる。タカシがどうしても行きたいって。
ひとりじゃあぶないからって、私も行かされた。
祭りなんてもう楽しい年でもないのに。
ぜったいだめだというのに、タカシのやつ出店でミドリガメなんて買っていた。
おかげでわたしがママにひどくしかられた。今でも思い出すだけで腹が立つ。
まったく最低の一日。
「そんなことあったわね」
弟のタカシはそのカメにデンスケという名前をつけて世話をしていましたが、すぐに死なせてしまいました。目をまっかにしながらタカシが一晩中泣いていたのを覚えています。
トモコはパラパラとページをめくってみました。毎日きちんと書いていたことに自分で感心しました。
八月二十五日
夏休みも終わりに近いからって旅行に行かされる。
何と行き先は温泉だって!
ジジババがどうしても温泉に行きたいっていうからつきあわされ、
この日記も旅館で書いている。
正直いって、来るまではすごくイヤだったけど、実はすごく、イイ!
家族全員でこんなふうに旅行するなんて、案外いいかもナ。
次は冬休みあたり、私から提案してもいいかな。
この時のこともはっきり覚えています。祖父母が大喜びで、旅行の間じゅう笑顔だったのを思い出しました。結局同じ顔ぶれで旅行をしたのはこの時の一回っきりでした。祖父も祖母もなくなって、もういません。
トモコはもう一度ページをめくって走り読みしました。懐かしい友人たちとの時間がよみがえってくるようでした。めくるページのほとんどに、学校や友だちのことが書かれています。
でも、今ここで読みかえしてみると、胸の奥までじんとくるのは、やはり家族のことです。この家は、そして家族はいろんな時に安心を与えてくれました。あたりまえすぎて気づかなかったけど、ほんとうにそうだったんだと思いました。
中学生の頃の日記を読みかえしてみて、思い出せない日が多くても。それでもトモコは、その頃の自分になっているのに気がづいていました。
パラパラと最後まで走り読みを終えると、それだけで飽きたらず、もう一度押し入れの中に入って別の一冊を取り出しました。
それは一番古い日記帳でした。小学校四年生の時のものです。トモコはこの年の四月十一日に日記をはじめたようです。小学生の自分が書いた日記・・・。内心わくわくしながら、それを読みはじめました。
四月十一日
吉田先生がみんなに日記をつけたほうがいいとおっしゃったので、きょうからつけることにしました。きょうは学校では体育の時間にマット運動がありましたが私は全然できなくてとてもくやしくて、ないてしまいました。うちに帰るとおかあさんの仕事がおそくなるので、おばあちゃんがちらしずしを作っていました。とてもおいしかった。
それは鉛筆で書かれた子供の時でしたが、消しゴムで消されたあとが何か所もあり、見るからに一生懸命に書いたようすが伝わってくるようで、おかしくなってしまいました。トモコもタカシも、祖母の作るちらしずしが大好きでした。そんなことをふと思い出してもいました。
トモコは今度もパラパラと日記帳をめくって見ていました。そして驚くほど荒々しい文字で書かれたページに止まりました。
六月十九日
バカバカだいきらい。おとうさんもおかあさんもタカシもだいきらい
どっかへ行っちゃえ。みんないなくなれ!
でもこの日のことは何も思い出せません。こんな文を書いたりしたことがあったなんて・・・。でも本当に覚えていません。
十月六日
十月五日はかぜで日記がつけられなかったので、きょうまとめてつけます。
熱が三十九度も出ていました。おかあさんが、ずっとかん病してくれました。
おうしんの時のちゅうしゃはとてもいたかったけど、
おかげでだいぶ熱が下がりました。
おとうさんやタカシにも心配かけました。ごめんね。
十二月十六日
雪がたくさんふりました。二センチくらいつもっていました。
おとうさんの仕事も休みだったので、私とあとうさんと三人で雪がっせんをしたらおもしろかった。でも雪がすぐにとけてしまったので残念でした。
十二月二十四日
今夜はクリスマスイブです。ケーキやアイスクリーム、それにローストチキンをおなかいっぱい食べました。おなかが心配。プレゼントはとても楽しみです。
幸せな家庭の風景がうかがえるような日記でした。最初はなかば人ごとのようにそれらを読んでいましたが、やがて胸から熱くこみあげてくるものがありました。トモコは目を閉じてこういいました。
「ありがとう」
まぶたにたくさんの涙がたまってきました。それが今にもこぼれ落ちてきそうでした。思えば日記を書かなくなってから、いつの間にか、文を書くのが大の苦手になっていました。また、今までそんなこと、考えたこともありませんでした。
トモコは机の引き出しから便せんを取り出しました。そしてそれにこう書きました。もちろんこの上なく照れくさい思いはありましたが、素直な気持ちでペンを走らせていました。
六月十四日
今日は大切な日です。私の、この家での最後の日です。
大好きなこの家をいよいよ明日でていくことになりました。
お嫁にいっても同じようにお世話になるとは思いますが、
ここで、一言だけいっておかなくてはいられません。
今日までのこと、ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。
今までのことを思い出しては涙があふれてとまりません。
今、感謝の気持ちでいっぱいです。
おとうさん、おかあさん、タカシ、ありがとうございました。
天国のおじいちゃんとおばあちゃん、ありがとう・・・
なんとかそこまで書き終えたところで、一粒のしずくが便せんの上にこぼれました。こうして部屋から見る最後の夜空、そこには幾千万の星々がちらばっていました。
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