旅 人
果てなく続く道。風のざわめきが聞こえます。まっすぐに続く道。視界にじゃまなものはありません。
空はほんとうにきれいな青空で、今見わたすかぎりでは雲はひとつもありません。ただ太陽はとてもまぶしく、このままそっちのほうに目をむけるとたちまち目を痛めるでしょう。
「思い切ってやってきてよかった」
道のまん中で旅人は心からそう思いました。
一人で田舎を旅しようと思ったのは突然のことでした。それまで旅人の心はもう何も感じることができなくなっていました。とても狭くてうす暗い範囲だけが旅人の世界になっていたのです。その狭い世界の中でもがき苦しんでいる時も、もっと広くて明るい世界の存在については知っていました。しかし自分にとってはその世界は全く無関係なものだとしか考えられませんでした。
うす暗く狭い世界で青空をふと見た時、ま新しいようななつかしいような特別の感じがあったものですから、できたらゆっくりとこんな青空の下で時を過ごせたら幸せだと思いました。それが彼がこの空の下へと導かれた発端です。
「空が青い。草や木の葉が緑だ」
あたりまえのことでした。空はもともと青いですし、木の葉や草の色だってふつうは緑です。
「太陽がまぶしい。光が俺の肌にふれているんだ」
あたりまえです。
地平線の向こうまでのびるこのまっすぐな道をものすごい勢いで横切ろうとするものがありました。
野生のいのししでした。旅人はいのししの進路にふさがり、身がまえました。
「さあ来い」
巨大ないのししは、旅人をはねとばしていきました。旅人は十メートル近くとばされていました。幸い軽い傷が三か所ほどついただけですみました。小さくなっていくいのししを見て、旅人はいいました。
「すごい力だな」
あたりまえです。
次に旅人は何を思ったか、地平線まで続く一直線の道を全力でかけはじめました。かなりがんばって走りましたがやがて道の上に倒れこんでしまいました。流れ出る汗をぬぐおうともせず、あお向けになっていました。
「はあはあ、疲れた疲れた。久しぶりに馬鹿みたいに走ったな」
それはそうです。馬鹿みたいに走ったら誰だって疲れるのです。旅人はあたりまえのことに感心し続けています。
「でも最高にいい気分だ。こんな快適な疲れはほんとうに久々だなあ」
旅人は空を見ていました。一面が青空です。かなり遠くを白い鳥が流れるようにとんでいきました。
ひんやりとした風が旅人の汗ばんだおなかをなでるように通り過ぎました。しばらく大地を背にしていた旅人でしたが思い出したようにぱっと起き上がりました。そしてまた広々とした大自然を歩き出しました。
「新鮮だなあ」
自然に汗を流し、旅人は歩き続けます。
「思っていたよりずっと大きくてきれいな世界だ。たくましくってやさしくって、なつかしい気持ちがする・・・」
あたりまえです。それがわたしたちの住んでいるこの世界です。
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